「八つ墓村」(横溝正史)

いささかも魅力の衰えない、横溝正史の最大傑作

「八つ墓村」(横溝正史)角川文庫

辰弥は自分が八つ墓村で
生まれたことを知る。
音信不通だった父親の実家が、
相続者として
彼を探してきたのだ。
その村は八人の落武者たちが
欲に目のくらんだ村人たちに
惨殺された
忌まわしい過去を持っていた。
そして辰弥の父も…。

「本陣殺人事件」「獄門島」と並ぶ、
横溝正史の最大傑作の一つ「八つ墓村」。
「祟りじゃあ」が流行語となった
1977年の松竹映画をはじめ、
映画化3回、
TVドラマ化が7回(直近では
2019年・NHK・吉岡秀隆主演)という、
未だに人気の衰えない作品です。
当然、読みどころには事欠きません。

本作品の読みどころ①
落武者伝説を巧みに用いたプロット

戦国時代、
尼子義久の八人の落武者を殺害し、
その祟りでその後、
首謀者を含む八人が変死したという
「八つ墓村」伝説を創り上げ、
それを擬えたかのように起こる
連続殺人事件。
背景が背景だけに、
おどろおどろしさは抜群です。
伝説自体、横溝の創作でしょうが、
いかにも史実として
存在していたかのようなリアルさです。

本作品の読みどころ②
実際の事件を織り込んだ設定

それに加え、この「八つ墓村」では、
二十六年前にも、
かつての落武者殺しの首謀者の末裔
(主人公・辰弥の父親)が、
狂乱の末に村人三十二人を無差別に
殺害したという設定が加わります。
伝説を補強するとともに、
本作品をさらに
おどろおどろしいものにしています。
これは実は昭和十三年に岡山県で
実際に起こった津山事件(死者三十名)を
モデルにしたものです。
実在の無差別殺人を下敷きにした、
巧妙な設定です。

本作品の読みどころ③
八人の殺人が可能となる動機

複数の人間を殺害すれば、
その動機から自ずと
容疑者が割り出されてしまいます。
しかも
八人もの人間を殺害するとなると、
犯人がよほど念入りに
動機を見えにくくし、
かつ自分が絶対に疑われないような
設定が必要なのです。
さて、その動機は?
双子杉の老木の片割れが落雷によって
焼き倒されたことを皮切りに、
村で対になっている存在の一方が
殺害されるミステリー。
あざといまでの筋書きです。

本作品の読みどころ④
主人公の身のまわりで起こる
殺人の恐怖

その殺人事件のほとんどが、
辰弥の目の前で起こります。
初対面の母方の祖父が
目の前で喀血して落命。
その後も初対面の兄が服薬直後に絶命。
辰弥が膳を運んだ先の人物が毒死。
あたかも辰弥が来村したために
殺人事件が起きたかのような
衝撃なのです。次々と目の前で
人が死んでいくのですから、
恐怖以外の何ものでもないでしょう。

本作品の読みどころ⑤
事件当事者の
目線で語られるサスペンス

「発端」を除き、全七章と「大団円」、
すべて主人公・辰弥が
語り手となっています。
辰弥のまわりで
殺人事件が起こることから、
登場人物の多くが
辰弥に疑いの目を向けるのです。
それによって
殺人事件が引き起こす恐怖以上に、
自らが犯人として目される恐怖、
村人たちに追い詰められる恐怖が、
我が身のことのように
読み手に感じられる
仕組みになっているのです。

本作品の読みどころ⑥
ラブ・ロマンスを盛り込んだ
周到な筋書き

そんなおどろおどろしさと
恐怖で満ちた筋書きなのですが、
横溝はそこに
ラブ・ストーリーを挿入しています。
この設定が、
母子二代にわたるロマンスを
つくりあげているのです。
「繰り返す細胞の歴史は執拗である。」
何ともいえない
味わいを生みだしています。
多くの映像化で
残念ながらカットされているのですが、
この部分こそ、本作品の肝であり、
味わいどころなのです。

本作品の読みどころ⑦
誰が味方で誰が敵か分からない
登場人物たち

例によって誰が味方で誰が敵か
分からない登場人物たち。
読み始めと最終場面では、
百八十度印象が変転する人物たちです。
これこそが横溝得意の
人物シチュエーションです。

本作品の読みどころ⑧
黒子に徹しながらも
名推理を見せる金田一

比較的早く金田一が登場する
(事件に関わりなく依頼があっ
て来村していた)のですが、
今回は黒子に徹している感があります。
そこにいながら八人もの
連続殺人を許してしまったとも
捉えられるのですが、
それほど犯人が巧妙であり、
証拠を残さずに犯行を続けたのです。
名探偵の権威を失墜させずに
連続殺人事件を成立させる。
この二律背反ともいえる条件を
クリアするためには、
かなり緻密に練られた設定と筋書きを
編み出す必要があるのです。
だからこそ、本作品は
探偵小説の最高傑作といえるのです。

三十数年ぶりの再読でしたが、
横溝の作品世界に
引きずり込まれるかのように、
一気に読み通してしまいました。
七十年前に発表された作品であり、
かつ作品の舞台が昭和二十年代の
閉鎖的な山村であるという
設定にも拘わらず、
本作品の魅力はいささかも
衰えていません。
横溝正史の最大傑作、
ぜひお楽しみください。

※本作品も私は
 都合3冊所有しています。
 冒頭の写真は2012年に復刊された
 杉本一文装幀表紙版、
 同じ装幀の昭和の時代のもの、
 (これらは背表紙のデザインが
 異なります。)

 そしてそれ以前の
 表紙のものとがあります。

 現在は別のイラストレーターの
 作品が表紙となっていますが、
 なぜ杉本一文画伯の表紙を
 角川文庫は避けるのか?謎です。

(2020.7.12)

Artie_NavarreによるPixabayからの画像

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